【毒親育ち】生きづらさを抱えたおかげで生きやすくなった話【摂食障害】

マインド

こんにちは。

つきです。


わたしは、
物心ついた頃から
人目を気にしまくりの
自己否定ばかりの人生。

太りすぎて
学校ではいじめに遭い

強烈なストレスにより、
小学3年生頃の記憶が
頭の中からゴッソリと抜け落ち
まるでイリュージョンかのように
抹消され…


家に帰れば
毒親からの虐待や
ひそかな抑圧や支配に
ひたすら耐えつづける毎日。


そんな日々を
何十年と過ごし、
過食はさらに悪化し続け


うつ病や摂食障害、
自律神経失調症や
甲状腺機能低下症まで患い

もはや完全に
人生に絶望していました。


そんな最悪最凶の
罰ゲームのような状態から
痩せマインドに出会い、

わずか1年半で
-40kgのダイエットを成功させ
併発していた病気をすべて克服。


リバウンドの恐怖や
我慢などの制限などにも
一切縛られることのない
最高に幸せな人生を手にいれました。



そんな人生を歩んできた私ですが…


今日のブログでは
毒親×摂食障害×生きづらさ
をテーマに

自分の実体験や意見を通して

今現在、
リアルタイムで
生きづらさを抱えて

過食で頭をぐわんぐわんに
悩まされている方々に
届けたいメッセージなんかを
綴ってみようと思い、

筆を走らせています。




さっそくですが

わたしが思う
生きづらさの根本原因は
結論から言うと、


子どものうちから
大人にならざるを得なかった人が

育ってきた環境で
親の期待に沿う生活に
縛られつづけることで、


『極端に人目を気にする』


『自分の意見を言えなくなる』


『仮面をかぶった状態で本来の自分を見失う』


こんな潜在的なトラウマが
長い年月をかけて
心の隅々まで強く
へばりついてしまうことで起こる
ストレス反応が、

心の奥深くに沈殿してしまうからこそ
起きてしまう現象なのだということ。


今日はこの話題について、
自身で克服した方法論や
経験談などを交えながら
詳しくお話していきますね!

長年の生きづらさの原因が判明

 

やっぱり、
大人になってからも
強烈な生きづらさを
拭いきれないままでいると…


「食」に関連する身体的な
サインをだして、
身体が必死に
自分を守ってくれていたんだなって
今になって実感することが
ものすごく多いんですよね。


わたしたちの身体と心に
ストレス反応が起こると、

それぞれの感情に伴って生じる
胃痛だったり
身体のこわばりだったり…

生きていればきっと
誰しもが経験することなのでは
と感じています。


そしてこれ、ほんとうに
意志でどうにかなる問題
じゃないんですよね。



いつもお伝えしていますが、

これは、風邪をひいたときと
まったく同じ反応。


風邪を引いたら発熱、鼻水や咳
くしゃみなどの症状がでてきますね。

そして、
これらの症状は自分たちの
意志でどうにかできる領域
じゃないですよね。


ちょっと今から鼻水止めるね!はいっ


なんて、
できるはずがない。


それとまったく同じことなんです。




だけど
わたしは、
長いことこの事実に気づけず


『意志の弱い情けない自分なんて
生きてる価値ないんだから
いい加減しんでしまえよ…!!!』


こんなふうに
毎日来る日も来る日も自分を痛めつけて
責め続け…苦しめ続けてきた。


だからこそ、
人間関係もぐちゃぐちゃで
取り返しのつかないことに
なっていたんです。



幼い頃から
太っていたことが原因で
仲間はずれや無視、
いじめを受ける毎日。

帰り道で泣きながらも…
帰ってくると今度は
家庭内暴力の日々。

宿題が分からないと、
「なんでこんな問題も解けないんだ!
馬鹿野郎!!」
と、その場にあった
鈍器で目を殴られ
左目から血を流したり、

あるときは
「カタワにして二度と歩けなくしてやる」
と毒父から脅され、
あまりの恐怖に眠れない日々が
続いたり…

※カタワとは、身体の一部に欠損や障害があることを意味しており身体障害者を指す場合もある、いわゆる差別用語です(怒)


とにかく身体中のアザや
内出血を隠して
学校へ行かなければならない

そんな自分が惨めで、
たまらなく嫌だった。


誰かに見られたらどうしようという
恐怖に常に苛まれていた。

 
自分が悪いから…。

私がデブで汚くて
醜いから虐められたり
殴られたりするんだ…。


こんなふうに自分で自分を
悪者に仕立てあげていました。



高校に進学しても
父からの暴力は止まることなく
むしろエスカレートする一方。

殴る蹴るは当たり前。
二つ折りの携帯を目の前で
真っ二つに折られ投げ捨てられ
絶望したことも。


当時、
唯一心を開けていたネットの友達と
二度と連絡をとることができず、
まるで世界の終わりかのように…
泣き崩れたわたし。


きっと、
突然わたしからの
連絡が途絶えたネットの友達は
すごく心配してくれていたのだろうなと。
(今は何してるのかな。
元気でいてくれたらいいなぁ。)



高校でも仲間はずれや、
醜い身体への陰口、悪口が怖くて
言葉のナイフと
冷たい視線のレーザーに
いつ切りつけられるのかと
怯える毎日。


これ以上
嫌われないようにと
防衛本能が働いていたのか
人にずっと合わせていたからこそ、

人に合わせること=相手を喜ばせること

だと思い込んでいて、

当時は違和感すら
まっったく感じていなかったんです。
(マジで不感症具合がヤバかったよ…)


だからこそ、
自己不一致の連続で
『過食』が気持ち悪いぐらいに
エスカレート。

毎日毎日、
胃に物を放り込む手が
止まらなかった……



今思うと…
わたしには人生で
三浦春馬くんのような
さわやか好青年が、

ポッと現れてくれるような
青春なんてなかったんだなと。
(でも今が人生で一番楽しけりゃ
いいよねって、
今ではマリオのスター状態で
毎日を楽しんでいます///照)




そんなこんなで

お友達ができても
好きな人ができても…

素直になれず
心を開くこともできず
自分の本音を伝えることも
本気でぶつかることもできない。


ただただ
嫌われたくない一心で
人に合わせることを飼い慣らし
知らず知らずのうちに
自分を押し殺し…
自分を騙し続ける日常。



相手のことを想って
良かれと思って
あれこれ立ち回ってきたつもりでも、
理想とはまったく違う現実が
毎日のようにひっきりなしで
引き寄せられていた。



だから、
誰かに大切にされたこともなければ
些細なことから大きなことまで
常に裏切られることばかりだった。




そもそも人間関係って
恋愛や仕事、
プライベートに限らず


自分を大切にしてくれる人に
出会うためには、
自分を心から大切にすること。

なのに、
当時の私はまっったく
その本質に気づけなかったんです。



自分の人生で出会えるのは、
自分に等しい相手だからこそ

私の傍にいた人もまた、
自分に等しい相手だったんですよね。

 

人生に必要不可欠な登場人物

 

相手は自分の鏡。



『え。
でもまって?

すごく嫌な人がいるんだけど…
あの人って私に等しいの?

だったら最悪だし
めちゃくちゃショック。』

と、

こんな感じで明らかに
自分に等しくないような人が
傍にいる場合もありますよね。


だけど、
自分が違和感を覚えるような
こういう人たちって

決してわたしたちに
相応しいから
現れているんじゃなくて、


私たちに気づきや学びを
与えるためにそこにいるから

【学ばせてくれる人】

になることが
めちゃくちゃ多いんですよね。

 
そして
学ぶべきことが終われば、
自分に等しくない相手って
必ず離れていくんですよ。
(これはガチ真理)
 


自分を大事にしていくと
自然と自分を大事にしてくれる人に
囲まれるようになります。


これ
言い換えちゃうと、
自分のことを大事に思ってくれない人に
目がいかなくなるんですね。


本っっ当にどうでもよくなって、
見事にエキストラ化します。
(何その自動システム最高かよ///)



じゃあ、

「具体的に
そうなる為には
どうしたらいいの!?」


って話になるじゃないですか。



はい。



それにはもう
明確な回答があります。



それは…



* 何かをしたいという気持ち

* 興味のあること

* 嫌だと感じる気持ち


こういった感情や
湧き上がる自分の気持ちを
否定したり無視したりせず、

自分の気持ちから
目を背けないことが
とても大切になってきます。
 


たとえばですよ?

* 本当は〇〇には行きたくないのに親に言われたから渋々いく

* 別の仕事をしたいけど、家族に反対されているからやらない

* 本当は嫌だけど嫌われたくないから、我慢する

* 本当は資格取りたいけど、時間もないし諦める


こんなふうに
誰かに遠慮して
“やらない”という選択をしたり、

嫌だと思っているのに
仕方がないと言ってしぶしぶやる、
できないと決めつけて
やる前から諦める、など

自分の心が
本当に望むことを無視して
日々の行動を繰り返すと、

のちのち
自分の精神を保っていられないくらいに
辛くなってきてしまうんです。

 
とはいえ、

恋人や兄弟など
『自分よりも大切にしたい』と
心から思う相手なら

自分の気持ちを差し置いてでも
『相手の望む形を選択したい』
ということも
生きていたら必ずと言っていいほど
あると思うんです。


だけど、
自分が全然
納得していないのに


* 相手に嫌われたくないから

* 仕方ないから

* 時間がないから


こんな感じで
それらしい言い訳を作り
選びたかった道を諦めても


 
* ホントはやりたくないのに…

* 本当はこっちがいいのに…

* あのときやっておけば…



こうやって、あとあと
後悔だけが残り続けることになるのです。




自分の心の奥底にある
本当の気持ちを聞いてあげることは、

自分を好きでいるためにも
想像以上に重要なこと。
 


自分を大事にすると
自分を大事にしてくれる人に
恵まれる理由は、


自分を大事にすると

【大事にしてくれる人の世界】を
”真に”感じ取れるようになるから

なんです。

 

自分の本当の気持ちを聞いて
自分を大事にしてあげることで、

同じように
自分を大事にしてくれる人の言葉が
スっと入ってくるようになるんですよね。


そして、
それと同時に
大切にしてくれない人の言葉が

まったくといっていいほど
心に響かなくなってきます。
(当時のわたしのマインドじゃ
とてもじゃないけど
理解出来ない世界だったなぁ)


 

何かしら傷つく言葉をかけられても、

「あ、この人はそういう人なんだ」

って
スッと引けるようになったときには
本当に驚きました。


今までみたいな

『なんで大事にしてくれないの…?』

『私が悪いの…?』

みたいな感情も一切なくて、

「自分を大切にしたい私には必要ない人」
だと、
切り離して
考えることができるようになるから


だからこそ、当時の私が
今の私をみたら
ほんとうに目玉がとび出て
腰を抜かすほど
驚くのだろうなと。



やっぱり…
昔の私のように
他人や人目を気にして

自分のことをいつも
後回しにしてしまうと、

自分を後回しにする人の言葉に
影響を受けてしまうんです。
 

自分が自分のことを
好きでいることよりも、
他人に嫌われないことのほうが
重要になれば、他人の行動に
一喜一憂しやすくなる。
 

その結果、
自分の気持ちを
大事にしてくれない人の
行動ばかりが気になって、

大事にしてくれている人の
存在にすら
気が付けなくなってしまう。



だからこそ、当時の私は
自分を大事にした上で

『自分を大事にしてくれない人は
私に関係ない人だ』

と思える世界に、
“真に” 入っていくことが
めちゃくちゃ大切だったんです。



さらに掘り下げてお話すると…

まず、昔のわたしのように
自分に自信が持てない人には
次のような思い込みが存在しています。

 

「自分に正直に」の本当の意味とは?

 

では、ちょっとここで
いくつか例を挙げてみましょう!



まず、

・仕事で失敗を繰り返す自分は許されない

・不細工な自分では受け入れてもらえない

・仕事ができない自分は評価されない

・自由に言いたいことを言う自分は嫌われる

・ありのままの自分では愛されない

などがありますね。



その結果、
なによりも大切な自分の気持ち
よりも

他人の存在ばかりが気になって
自分に自信が持てないんです。


のびのびと感情表現することが
許されなかった不安定な環境で
幼少期を過ごすと、

“自分がなにかを話すと
誰かに迷惑をかける”

そうやって極端かつ
ネガティブに考えてしまいがち…。



常に
「相手はどう思うだろうか」
ということを基準に振舞ってきた人は、

「相手の問題」を「自分の問題」として
とらえるようになるから
胸がすごーーーく
苦しくなってしまうんです。



私たちって、みんな


ありのままの自分で愛されたい。


こういった願望を
常に心の内に秘めているんです。






…と、

ここでちょっと
立ち止まって考えてみてほしいのですが


もしも
私たちが自分自身に対して
次のような思いを持っていたとしたら、
どんなふうに世界は変わるのでしょうか?


たとえば、

・仕事が覚えられなくても大丈夫。慣れと時間が私には必要なだけ。


・顔や容姿だけか全てであるわけがない。私は私。私自身をもっと磨こうとしてる気持ちが既に美しいの


・臆病で話しかけられない自分は、人の気持ちを汲むことに長けているのであってダメであるわけがない


・勉強ができない自分だったとしても価値があるの、勉強ができるだけが特別でも偉いわけでもない



こんな感じで、



「私は悪くない」


「私は今の自分でも受け入れられている」

「私はもっと愛される権利と価値のある存在」


という思考を持てたとき

日常の大半の悩みは風ととも
ふわりと去っていくのだということを
身をもって体験したからこそ、


『フォーカスする視点を変える』

これ、一見ふわっとしてて
なんだかよく分からないし、
私には難しいわって思ってたけど

ものごとの捉え方を変えることって、
実はとってもシンプルなんだなと
身に染みたわけなんです。


いつも相手の都合や気持ちを
先回りして察することが多かった
過去の私。


なので、まずは

「自分はこうしたい」
「これはしたくない」
「これが好き」
「これは嫌い」

と、
口に出すことを気が向いたときに
練習することから始めてみたんです。


いやぁ~。
これは
“ワガママじゃない”んだって
分かったときの
幸福度と言ったら……



“自分の心の声に従って生きてもいい”

と、
自分に許可をしてあげることが
めちゃくちゃ大切だったんですね。



「ありのままの私がいい」


これからは、
ありのままの自分を赦し
抱きしめてあげよう。




練習を繰り返していたら
自然とこんなふうに
思えるようになっていったのです。





わたしは
長いことずーーーっと

「バランスが取れずに
“自分の外側” に対して
依存心が強まっている状態」だった。


友達、知人…自分の周りにいた人達の心が
どこかに行ってしまうんじゃ?

相手のなかの私の居場所をなくすんじゃ…?

こんな潜在的な不安があったからこそ

知らずのうちに
“虚像の自分を作り出す”ことで
自分の外側へ対する依存心が強まっていた。



そもそも
「バランスが取れていないよ」ってことは

元々は自分以外の他者への気持ちと
自身の世界のバランスを
上手く保つことができる人間
であったにも関わらず、

常に周りにばかり
気を取られていたからこそ
長年そこに気づくことができなくて
本当にめちゃくちゃ勿体なかった。



わたしが意識するべき対象は、
「自分の外側」じゃなくて

《わたし自身》だったんです。


これって、
「別の性格になれるよう努めてね!」

なんていうことではなくて、


ほんとシンプルに

【本来の私らしさを取り戻して行こうね】

っていうことだったんです。




私たち人間は
変化する生き物だからこそ

その変化のエネルギーを
「成長」
「自分で立つ」
という方向に定めた結果
良い方向へと進むことができる。




ここでいう「成長」って

“自分は何者で、
どう生きるのかを問うていく過程”

のこと。



もちろん、
わたし以外の他者も
日々成長して

わたしもわたしらしく
成長していくからこそ、

その先にある対等な人間同士、
相手とのより良い関係が
現れてくる。


相手のなかに
居場所を作ってもらうのではなく、

わたし自身が自分のなかに
居場所を定めていく
(自分で自分を “心から”
楽しませることが出来るようになっていく)と、

“相手の心にも
わたしの存在が大きくなっていく”。


そうすることで
自然と相手にも、

『あ。この人のことは大切にしたい』と

本能で
認識してもらいやすくなるーー。


これまでの経験を通して
この真理を痛いほど痛感したんです。




…さて、

毒親×摂食障害×生きづらさ
をテーマにお話していたら、

今回はとんでもなく
長くなってしまいましたが(汗)


今現在、
リアルタイムで
生きづらさを抱えて

過食で悩まされている
一人でも多くの方に
この言葉が届いたら…

ものすごく嬉しいなと思っています。



わたしの悲惨な
幼少期やいじめ時代は
プロフィールに綴ってありますので
興味のある方は
ぜひ目を通してみてくださいね。


https://crescentmoonlog.com/archives/11




それでは、
また次のお話で
お会いしましょうね!


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わたしは25歳の時から
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見事成功させると同時に、

患っていた4つの病気(うつ病・
甲状腺機能低下症・摂食障害・
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その後も、
リバウンドすることなく
引き締まった身体と
健康的な身体をむりなく
維持して、5年以上になります。


だからといって、わたしは
環境や才能に恵まれたわけではありません。


もともといじめと
虐待ばかりの日々で、
太っている醜い自分の体型にも悩み、
ドン底で何一つの自信もありませんでした。


そんなわたしでも
痩せマインドに出会い、
正しい方向性で
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我慢や制限をすることなく
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大きく逆転させることができました。


健康的なダイエットの知識を
学ぶ過程では、
ストレスをストレスだと
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生きづらさを手放し
心の安定を身につける方法など、

普通では学べないことを
たくさん知ることができました。


環境や才能に恵まれなかったとしても、
正しく学んで正しく実践すれば
だれでも健康的なダイエットを
成功させ、健康な身体を
取り戻すことできると確信しています。


そして、
同じような人が増えることで
この世はもっと活気が溢れて
やがて、より良い国
より良い世界になるのではないかと
本気で思っています。


こういった理念から、
わたしがいったい
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最後まで読んでいただき
本当にありがとうございました。




つき

 

 

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